葬儀のあとにお読みください

後からくる悲しみ

葬儀が終わった後、一人ぼっちになってから、急に悲しみが押し寄せてくることがあります。
急にがっくりとし、何もする気が起きなくなってしまうこともあります。
また、次のような場合は、かなりの時間が経過してから、突然、激しい悲しみにおそわれることがあります。
◆死別の直後には充分に「死の事実」を認めることができなかった場合
◆悲しみを表すことが充分にできなかった場合
◆思い出すのがつらくて、忘れてしまったほうが楽だと思い、悲しみに蓋をして抑え込もうとした場合
◆仕事上、他の人を励ましたり支えたりしなければならないような、重要な立場にある場合
◆子育てや介護など、他の家族を支える役割を担っている場合
一人で苦しまず、お寺や親戚や友人にも頼りましょう。
時には「助けてほしい」と自分から助けを求めることも必要です。
支援の手は拒まずに受け入れ、ゆっくり少しずつ受け入れていきましょう。

『悲しみ』が感じられない時

「悲しい」という気持ちが感じられないこともあります。
他の人たちが感じる悲しみなどを自分が感じないことについて、「自分はおかしいのだろうか」「自分は冷たい人間なのだろうか」と自分を責めたり、不安を感じてしまうこともあります。
悲しみを感じない、という状態は、亡くなった人との関係や、その人自身の性格や、そのときの状況などに大きく影響されて起こってきます。
無意識に感情を抑え込んでしまうこともあれば、あまりにも突然亡くなって現実感がない場合もあれば、反対に長い間看病してきて、心のどこかで「”死”によって愛する人の苦しみが解放された」と感じている場合もあります。
「悲しいと感じない」ことで自分の心を守っているのかもしれません。
どれも、自然で、そして必要な状況なのです。
心を守る目的もあるのですから、悲しいという感情が起こらないからといって、自分を責めたり、冷たい人問だと思ったりせず、ご自分の自然な気持ちを大切にしてください。

怒りや恨みを感じたら

悲しみから立ち直っていく過程のさまざまな感情の一つとして、「怒り」や「恨み」の感情が表れることがあります。これはとても自然で正常なことです。
大切な人の死に関連のあった人たち(例えば医療関係者など)や周囲の入たち、あるいは、現実の存在ではなく目に見えない対象、例えば、あなたを遺していってしまった、亡くなった人本人に対して怒りや恨みの感情をもつこともあります。
神仏や運命というものに対しても、怒りや恨みが向けられることもあります。
また、周囲の人たちがねたましく思えることもあるでしょう。
これらのさまざまな怒りや恨みは複雑に入り組んで混乱していて、自分でもなぜ怒っているのか、何に対して怒っているのか、わからないことすらあります。
しかし、このような感情は適切に発散される必要があり、無理やりあなたの心の中に閉じ込めておくと、悲しみが和らぐのを妨げてしまうかもしれません。
このような感情を抱いてしまうあなたご自身を責めたり、とまどったりなさらないでください。
これも悲しみから癒されていくためには必要な過程なのです。

罪悪感や自責感

悲嘆の過程で体験する感情の中に、「自責感」や「罪悪感」があります。
亡くなった方と、ご自分のとってきた態度や行動とを関連させて、「もっと早く病院へ連れて行けばよかった」「充分なことをしてやれなかった」「死を防ぐことができなかった」「自分と出会わなけれぼ今頃は…」などと自分を責めたりします。
また、あなたの大切な人はまだ生きていたかったのに亡くなってしまい、自分だけが生きているということへの後ろめたさなどを感じることもあります。
このような気持ちになるのも、悲しみが和らいでいくなかで起こりうることで、けっして異常なことではありません。
今は無理でも、もう少し時間が経ってから、あなたの自責感の原因となっている状況について、一つひとつ思い出して、現実のご自分の状況と照らし合わせながら吟味をしてみてください。
きっとあなたは、「あの状況の中で、私はできるだけのことをした」ということを思い出されると思います。

立ち直ることを急がない

早く立ち直ろうとがんばったり、早く元気になろうと思わないようにしましょう。
悲しみへの反応行動や悲しみの表現は一人ひとり異なりますし、ご家族の間でも個人差があります。
男性と女性、大人と子どもでも異なりますから、他の人があなたと同じような悲しみの表現方法ではないかもしれませんし、また、悲嘆の過程の内容やスピードも一人ひとり違っているかもしれません。
あなたはあなたのペースを大事にし、あなたの自然な気持ちを大切にしてください。
また、大切な人を亡くした後は、感情が混乱しがちで、通常どおりの冷静な判断を下すことが難しいものです。
人生の転機となるような重大な決断は先送りしたほうが無難です。
とくに、「立ち直る」ことを目的に引越しや転職をすると、後で「なぜあんなことをしてしまったんだろう」と後悔するかもしれません。
どうしても重大な決定を下さなければならないときは、一人で決めずに、信頼できる人に相談することをおすすめします。

納骨のタイミング

一般的に納骨は、四十九日の時に行うことが多いです。
しかし、もしかすると「まだ納骨はしたくない」と思っていて、けれども、周囲から早く納骨することを迫られたり、納骨をしていないことについて責められたりして、とても苦しい思いをされ、「納骨したくない自分」を強く責めていらっしゃるかもしれません。
大切な人のご遺骨を手放したくない、自分の身近な場所に置いておきたいと思うのは、とても自然な気持ちです。
いつ納骨するのか、いつまでご遺骨を身近な所に置いておくのかは、ご自分の想いに沿って、ご自分で決めてよいのです。
ご遺骨の一部を指輪やペンダントなどにして、常に身につけるという方法もあります。

遺品の整理

遺品をどうしたらよいのか、悩んでしまうことがあります。
「遺品を整理しなければ」という思いと、「でも手放したくない、手元にずっと置いておきたい」という思いが葛藤して、苦しくなってしまうのでしょう。
大切な人の遺品をどうするかは、ご自分の気持ちや考えを何よりも大切にしてよいのです。
慌てて整理することはありません。
急いで処分をしてしまうと、取り返しがつかなくなることもあります。
ゆっくり、時間をかけて、大切な人を偲びながら行うとよいでしょう。

少し落ち着いてきたら

亡き人の思い出や亡き人への想い」を形として表現してみませんか?
・あなただけのアルバムをつくる
・亡くなった大切な人への手紙書く
・大切な人への想いを俳句や和歌で表現する
・形見の洋服をリフォームする
・遺骨をペンダントや指輪にして身につける

記念日反応

一周忌や三回忌などの法要の日や命日、亡くなった人の誕生日や結婚記念日、お正月やクリスマスなど、亡くなった人との思い出が深い特別な日が近づくと、それまで過ごしてきた日々以上に、気持ちが落ち込んだり暗い気分になったり、睡眠が乱れたりなど、亡くなった直後のような症状が再現することがあります。
そんなとき、「私はまた元に戻ってしまった」とか、「せっかくここまで立ち直ってきたのに、自分は情けない」などと自分を責めたりしないでください。
これは「記念日反応」あるいは「命日反応」といって、ご遺族の方々にはよく起こりうる、ごく自然なことなのです。ですから、どうぞ安心してください。

日々のおつとめ

亡くなった方は決していなくなったわけではありません。
法華経には『私は実際に死んだのではなく、常にこの世界にいて法を説いているのです。人々は私の死を見て、私の遺骨を供養し、私をなつかしく思い、慕い敬う心を起こしました。人々が信仰心を起こし、心が素直になり、成仏を願う時、私は、弟子たちと霊鷲山に姿を現します』とあります。
亡くなった方のためにお経を読みお題目を唱え、その功徳をお供えしましょう。
その功徳は亡くなった方の宝物となり、いつまでも見守っていて下さるはずです。

何かございましたら正念寺までいつでもお気軽にご連絡下さい。