仏道の修行において、外せない教えが「中道」です。
秋のお彼岸の中日である秋分の日は昼と夜の長さが同じ。この前後含めた一週間を、中道と六波羅蜜(六つの修行)をもって彼岸の岸辺(悟り)を目指す期間としました。
では、この「中道」とはどのように考えればよいのでしょうか?
経典に「材木の喩え」があります。
【材木が大きな河を流れているものとする。その材木が、右左の岸に近づかず、中流にも沈まず、陸にも上らず、人にも取られず、渦にも巻き込まれず、内から腐ることもなければ、その材木はついに海に流れ入るであろう。この材木のたとえのように、内にも外にもとらわれず、有にも無にもとらわれず、正にも邪にもとらわれず、迷いを離れ、さとりにこだわらず、中流に身をまかせるのが、道を修めるものの中道の見方、中道の生活である】
右でもなく左でもなく、それでいて真ん中にこだわるわけでもない。アナタにとって、欲に浸って楽しむがままでもなく、自らを疲弊させてしまうだけでもないことをきちんと見定めていく。そういった努力が大切です。
お彼岸と中道
